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結婚の条件

「あー、入力するのって大変。『自分でやる』って、言わなきゃ良かった。でも、結婚相手の条件を初対面の人に見られるのって、恥ずかしいのよね」

結婚関連のサービスを提供する会社の個室、部屋はパステルカラーで統一され、北欧調のテーブルが一つと、椅子が二つ置いてあった。この会社の会員になったばかりの女性が、椅子の一つに座っている。長い巻き髪が印象的な会員の女性は、A4サイズの薄型コンピューターのディスプレイに表示されているキーボードを指で押しながら、結婚相手の条件を入力している。通常はインターネットからサービスを利用するが、希望者は、会社の個室で、担当者から説明を受けながら利用することができた。そこへ会員の女性と同年代の女性がやって来る。髪を後ろで束ね、スーツを凛と着こなすコンシェルジュだ。この会社ではサービスについて説明する担当者をコンシェルジュと呼んでいた。コンシェルジュが会員の女性に笑顔で声をかける。

「入力はお済みでしょうか?」
「あのー、こんなに条件が多くなっちゃったんだけど。欲張りすぎちゃった?」
「とんでもございません。この我が社が誇る結婚相手検索システム『見つけちゃうぞ』は、同じく我が社が誇る結婚相手情報収集システム『調べちゃうぞ』が、登録会員の皆様、お一人お一人のご特徴を丹念に調査したデータから、お客様のご条件に添ったパートナー候補様を検索いたします。ですから、『見つけちゃうぞ』は、ご条件が詳細で多いほど、パートナー候補様を見つけ易くなるのです」
「分かったような、分からないような」
「早速、お客様が入力されたご条件で検索してみましょう」

コンシェルジュは指先でディスプレイに触れ、馴れた手つきでコンピューターを操作して検索をかける。すぐに検索結果がディスプレイに表示された。結果を見てコンシェルジュが声を上げる。

「あっ」
「どうしたの?」
「お一人だけ、おられました」
「わーい。やっぱりココに来て良かった。その人が私の白馬の王子様なのね」
「いえ、そうとは限りません」
「どうして? 私の条件にピッタリの人なんでしょ?」
「『見つけちゃうぞ』は、あくまでもお客様に選択肢を提供させていただくものです。複数のパートナー候補様の中から、お客様ご自身が実際にお会いになって選ばれた方が、ご良縁に繋がります。結婚はお相手がいることですので」
「そりゃ、そうだけど」
「人、いや動物は、気が遠くなるほど長い間、ひたすらパートナー選びをしてきました。お客様にも、その血が流れておられます。女の『男を見る目』を侮ってはなりません」
「えっ? 結局、最後は女のカンってこと?」
「さあ、お客様のご条件を一つ一つ減らして、パートナー候補様を増やしてまいりましょう。そうですね、5人様がベストでございます」
「んー、なんだか釈然としない」

会員の女性は椅子の背もたれにふんぞり返って髪を撫で付けた。コンピューターを手にしたコンシェルジュが、会員の女性が入力した条件の中から、気になる条件を一つ一つ確認していく。

「この『ラーメンの麺をズルズルすすらない人』というのは?」
「そういうの嫌いなのよ。だから外せないわ」
「『アイドルが嫌いな人』というのも?」
「それも必要。アイドルが好きな男なんて気持ち悪い」
「『一度も映画を見たことがない人』は大切ですか?」
「当然よ。なんで映画なんて見るのよ」
「それでは『夢を語らない人』というのは?」
「夢を語る男なんて、最悪」
コンシェルジュはコンピューターのディスプレイから会員の女性の顔に視線を移し、彼女の瞳を見つめながら姿勢を正して言った。
「お客様!」
「なによ。どうせ、私の結婚相手の条件が非常識だって言うんでしょ。えー、そうですよー。非常識ですよー。だからココに来てるんじゃない。そんな能面みたいな顔して、私に説教しようっていうんじゃないでしょうね」
「申し訳ございません。先ほど、お客様が仰ったように、やはり最初の殿方は白馬の王子様かもしれません。早速、詳しい情報を取得いたします。少々お待ちください」
「そっち?」

コンシェルジュは、最初の条件で一致した男性会員のデータを取得するため、コンピューターのディスプレを指で触れながら操作をしている。その姿を見ながら、会員の女性はふんぞり返っていた身体を起こすとコンシェルジュに話しかけた。

「ところで、あなたの旦那様はどんな人? きっと、あなたにピッタリな素敵な男性なんだろうなー。あなた美人だし、家事とかも得意そうだし」
「私は結婚していません。パートナーが見つからないのです」
「なっ? コンシェルジュなのに見つからないの? 大丈夫、このシステム?」
「ふふっ、ご心配なく。なにしろ、お客様より、私の条件の方が非常識ですから」
「むむ、あなたとは友達になれそうね」
「はい。あっ、データが取得できました」

コンシェルジュが手にしているコンピューターのディスプレイは、詳細なデータでビッシリと埋め尽くされていた。男性の顔写真が文字データに埋まっている。コンシェルジュが、指でクリックすると、写真は大きくなった。会員の女性は写真を見ながら弾けるような笑顔で言った。

「おほっ、イイ男じゃない。この人と結婚できたら嬉しいなー。そうなったらココに報告に来るわね」
「はい。ですが、その頃、私は結婚して、この会社を退職しているかもしれません。私の条件にピッタリの殿方が入会したら、この『見つけちゃうぞ』が速攻で知らせてくれますから」
「なるほど。あなたなら男性の方から断らないわ。即、結婚ね」
「ありがとうございます。お客様のように、100億人に一人の殿方が見つかると良いのですが……」
「なんですと。今、『100億人』って言った。キャー、大変。絶対、この人と結婚してやる。ねえ、私、どうすれば良い?」
「我が社には結婚相手獲得システム『逃さないぞ』もございます。少々高額ですが、ぜひ、ご利用下さい」