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侵略者

Complete Suites for Cello Solo ( Single Voice Polyphony I ) (Hybr)

バッハ「無伴奏チェロ組曲全曲」

ガブリエル・リプキン

Lipkind Productions
2006年録音

Bach:
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日曜日の午後1時。直径1メートルの黒い球体が、渋谷のスクランブル交差点の真ん中に現れた。球体の中心は地面から2メートル。球体は空中に静止していた。人と車で混雑していたスクランブル交差点付近は騒然となった。警察は一帯を封鎖。球体の姿が報道関係のカメラによって、世界各国に生中継された。誰もが驚き、正体不明の球体が現れた理由を憶測した。

一週間後。政府関係者は前代未聞の出来事に困惑していた。なにしろ球体の内部構造が全く分からないのだ。とは言え、正体不明の球体を、渋谷の、しかもスクランブル交差点の真ん中に、このまま放置する訳にもいかない。首相は撤去を決断する。安全を確保するため、球体を中心に半径10キロが立ち入り禁止になり、約50万人の住民が避難した。世界中の人々が固唾を飲んで見守る中、撤去作業が行われた。ところが、球体は何をやっても微動だにしなかった。

二ヶ月後。非難していた住民たちのいら立ちが頂点に達した。何も起こらないことに業を煮やした住民は無断で帰宅し始めた。警察は立ち入り禁止区域を維持しきれない。政府は球体を高い塀で取り囲み、非難していた住民たちの帰宅を許可した。渋谷は、連日人々が押し掛け、以前にも増して混雑した。各国の科学者たちが渋谷に集結し、綿密な調査を行ったが、球体は依然として謎のままだった。「球体から有害な電磁波が出ている」というデマに、人々は少しでも球体から離れようとし、「球体には人を不老不死にする力がある」というデマに、人々は少しでも球体に近づこうとした。誰もが動かない球体に右往左往していた。

五年後。政府はありとあらゆる方法で球体を撤去しようとした。しかし全てが徒労に終わった。しかも球体が人に危害を加えたことは一度も無い。政府は撤去を諦め、球体から半径1キロを少しずつ更地に戻し、樹々を植えて公園にした。道路も鉄道も公園を迂回するような経路に変更された。一般公開の要望が国民から多く寄せられた。政府は熟考を重ね、終に球体の一般公開に踏み切った。人々が世界各国から球体を見るために詰めかけた。その最中、球体はこつ然と姿を消した。世界中で、球体が消えた理由について激しい議論が交わされた。しかし、それもつかの間。結局、球体は現れて消えただけで、その後も何一つ不思議なことは起こらず、球体の話題は立ち消えとなった。やがて球体は人々の記憶からも消えた。

二百年後。球体があった場所は美しい森になった。小さな男の子が森の中で一人で遊んでいた。散歩をしていた老人が心配して話しかけると、見かけは日本人だが、男の子は聞き慣れない言葉を話した。老人は男の子を警察に連れていった。男の子は数日で日本語を話すようになり、自分のことをb(べー)と言った。結局、親は見つからず、bは施設に引き取られた。語学の才能があったbは国際貢献の道を歩んだ。呆れるほどお人好しのbは人々から愛された。至って平凡な容姿のbだが、ただ一つ、他の人には無い特徴を持っていた。bの髪は淡い青色に変わったのだ。結婚したbは3人の子供に恵まれた。子供たちも青い髪になった。

千年後。新渋谷駅のプラットホームには、黒や茶に混じって、青い髪のシャトルを待つ姿が目立つようになっていた。青い髪の人々が街を歩く姿は、日本のみならず、いまや世界各地で見られる日常の光景だった。青い髪の人々は親しみを込めてbと呼ばれていた。かつて人類は世界大戦へ向かって、盲目的に進みつつあった。しかし戦争は起こらなかった。戦争が回避された理由について、知識人たちの見解は一致した。それはbがお人好しの輪を広げたからだった。bは騙されて失う悲しみを捨て去り、多くのお人好し仲間と新しい絆を結んだ。争いによって生じた鋭利な亀裂を繋ぎ止めてしまうほど柔らかく強い絆を。プラットホームから見えるビルの壁面に設置された大型スクリーンには、初代地球連合大統領に就任した女性の映像が流れていた。彼女の髪も青かった。

人類は異星人の侵略に気づいた……が、気にしなかった。

一万年後。青い髪はマイノリティーであり続け、やがて姿を消した。宇宙の彼方から異星人が永遠を願う、遺伝子の断片だけを人類という海に残して……。