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シルヴァン・カンブルラン指揮、SWR交響楽団バーデン・バーデン&フライブルク、SWR声楽アンサンブル・シュトゥットガルト - ヘルムート・ラッヘンマン、音楽劇《マッチ売りの少女》、東京バージョン2000 レーベル:ECM/録音:2002年、コンツェルトハウス、フライブルク/CD:2枚
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- 第1部 通りで: コラール前奏曲 「おお、君はほがらかだ」
- 第1部 通りで: 推移 「この寒さの中を」
- 第1部 通りで: 「凍え - アリア」 (第1部)
- 第1部 通りで: トリオと再現 (「凍え - アリア」, 第2部)
- 第1部 通りで: スケルツォ 1 (「夜の女王」)
- 第1部 通りで: スケルツォ 2 (「舌打ち - アリア」 - 「きよしこの夜」)
- 第1部 通りで: 「二台の馬車が」
- 第1部 通りで: 「狩り」
- 第1部 通りで: 「マッチと雪片」
- 第1部 通りで: 「窓という窓から」
- 第2部 家の外壁: 家の外壁 1 (「二軒の家の間に」)
- 第2部 家の外壁: シュッ! 1 (「暖炉」)
- 第2部 家の外壁: 家の外壁 2 (「とたんに消えました」)
- 第2部 家の外壁: 家の外壁 3 (「連祷」)
- 第2部 家の外壁: 「我々の肌に書け」
- 第2部 家の外壁: シュッ! 2
- 第2部 家の外壁: シュッ! 3
- 第2部 家の外壁: 商店
- 第2部 家の外壁: 「クリスマスの灯りが高く昇っていきました」
- 第2部 家の外壁: 夕べの言い伝え (「星が流れるとき」)
- 第2部 家の外壁: 「…二つの感情…」, レオナルドのテキストによる音楽
- 第2部 家の外壁: 家の外壁 4
- 第2部 家の外壁: シュッ! 4
- 第2部 家の外壁: おばあさん
- 第2部 家の外壁: 「私を連れていって」
- 第2部 家の外壁: 昇天 (「光とよろこびとにつつまれて」)
- 第2部 家の外壁: 笙 (「二人は神様のみもとに」)
- 第2部 家の外壁: エピローグ (「けれども、寒い朝」)
《マッチ売りの少女》はドイツの作曲家ヘルムート・フリードリヒ・ラッヘンマンによる音楽劇、1997年に初演。物語はハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話から。このアルバムでは東京公演(演奏会形式)の際に改訂された東京バージョン2000を演奏している。
あらすじ
大晦日の夜、雪が降る道を、貧乏なマッチ売りの少女が歩いていました。どこからともなく聴こえてくるクリスマスの賛美歌。少女が道を渡ろうとした時でした。二台の馬車が猛スピードで走ってきたのです。慌てて飛び退く少女。すると、履いていた靴がありません。片方は少年が持ち去り、片方はどこにも見つかりませんでした。少女は裸足で歩き出します。マッチを売らなければ家に帰れないのです。少女は痛みをこらえて歩きましたがマッチは売れませんでした。道沿いの家の窓からこぼれる暖かい光。ついに、少女は壁に寄りかかり、足を抱えて座り込んでしまいます。エプロンの中には売れなかった沢山のマッチ。「シュッ!」。少女は一本のマッチを壁にこすって火をつけます。マッチの炎はストーブの前に座っているように彼女を温めてくれました。しかし、マッチの炎は消えてしまいます。「シュッ!」。マッチの炎の中に美味しそうに焼かれた鳥が見えます。「シュッ!」。今度は豪華なクリスマスツリーが見えます。しかし、マッチの炎が消えると、炎の中に見えていた母親と過ごす楽しい情景も消えてしまいました。凍てつく空に流れ星。少女は「星が流れると、魂が神に召されるのよ」と言っていた亡くなったおばあさんを思い出します。「シュッ!」。マッチの炎の中に優しいおばあさんが現れます。「炎が消えたら、おばあさんも消えてしまうわ」と少女は持っていたマッチを全て燃やしてしまいます。大好きだったおばあさんに抱きしめられ、喜びに包まれて天へと登る少女。翌朝、少女は冷たい壁に寄りかかり死んでいました。小さな顔に微笑みを浮かべて…。
レヴュー
マッチ売りの少女を表現した戦慄の音楽。これはヤバイ。強烈に冷たい雰囲気を奏でる音楽に心が芯まで冷えてしまう。音楽を聴いて、同情や哀れみといった感情は出てこない。凍えて死んでしまうのが少女ではなく自分自身に思えるからだ。せめてマッチをすった時、いや、最後に天国に召される時ぐらいは、暖かい気持ちになれればと願うが叶わない。寒いよ、暗いよ、怖いよ〜。心に炎を点すマッチが欲しい。
演奏&録音ともに素晴らしく、物凄い音世界が頭の中に広がる。ラッヘンマンが意図した音世界に近いのでは?エンターテインメント性は皆無であるため童話の雰囲気はしないが、馴染みのあるマッチ売りの少女のストーリーに沿った音楽がイマジネーションを導くため、ラッヘンマンの作品の中では聴きやすい。「現代人のあなたはマッチ売りの少女の気持ちになったことがありますか?」と聴こえるがどうだろう?
19世紀までに作曲家たちは音楽の大陸を隅々まで探検した。彼らは音楽を聴く多くの人々を満足させる果実を沢山見つけている。20世紀前半、新しい果実を見つけようとする作曲家たちは、まだ見ぬ音楽の大地を目指して船出する。航海の途中には、島が見つかり、果実も見つかった。しかし、多くの聴衆たちが移り住むような大地、また、多くの聴衆を満足させる果実は見つからなかった。20世紀の中頃以降、新たな音楽の大地に見切りをつけた作曲家たちは、増え続ける聴衆の趣向に合わせて、古くからある大陸の果実で料理を工夫したり、また、島の果実と大陸の果実を混ぜ合わせて料理を作るようになる。現代、僅かな作曲家は、今なお、新たな音楽の大地を目指して船を走らせている。新しい味覚を求める数少ない聴衆に向けて、航海の途中で見つかった”不思議な味”がする果実だけで料理を作りながら。ラッヘンマンは、そんな作曲家の一人。
関連リンク
ウィキペディア:マッチ売りの少女
ウィキペディア:ヘルムート・ラッヘンマン
Wikipedia: Gudrun_Ensslin
